お久しぶりでございます!!!
お母さん、本日40代最後の年を迎えました〜
イエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!
で、そんな我が家に・・・・・・

新しいねこちゃんがやってきました(^∀^)
お母さんのお父さん(ややこしいわー!!)(゚▽゚)
父は設計事務所を営んでおるんですがね、
東京の大学を出て、しばらく東京で仕事をしたのち、岡崎で今の設計事務所を始めました・・・
独立して最初の仕事は、近所の飲食店のちょっとした増築工事だったそうで。
仕事を終え、「図面代はおいくらお支払いすればよろしい?」とお客様
「今回はお代はいいです」と父
「え??そんなわけにはいかないですよ」
「最初のお客さんが女性だと、商売繁盛するって言われてて・・・
縁起がいいんです。私そういうの信じてまして(^∀^)
だから本当に大丈夫です」
で、後日、「だったら」と持ってきてくださったのが、このねこちゃんだそうです。
依頼50年、途中棚から落ちて、首が取れてしまい、所員が勝手に捨ててしまった時も
父は「何を勝手に捨てとるだー!!」と激怒し(笑)
ゴミの中から救出し、ボンドで直し、ずっと事務所の片隅で見守ってくれていました。
独立してしばらくは自宅兼事務所でしたので、幼きお母さんの記憶にもそれは焼き付いています。
父が生涯現役でずっと忙しくできたのも、このねこちゃんのおかげかもしれません。
「何かが終わる時、始まる時のオレの節目の数字は5だから」とずっと言っていた父
奇しくも、先月2月5日にその生涯を終えました。
年明け早々に調子を崩し、そのまま入院、集中治療室で1か月を過ごす間
呼吸器をつけている間は、必死に私の手のひらに指で文字をなぞり、
呼吸器が外れると、息絶え絶えにお世話になった方々への感謝の気持ち、会社のこと、仕事の事、家族の事、葬儀の事、残される母の事を託す父
父の口に耳をくっつけて、振り絞るような声を必死に聞くんだけど、聞き取れないこともあってね
何度も聞き返さなくちゃいけないことに、申し訳ない気持ちでいっぱいで、本当に辛かった。
一番辛いのは父だってわかってるから、それもまた辛くって・・・
多分、あの時は父と娘でお互い同じ気持ちだったかもね
そんな空気を振り払うように、
はいはい、早く元気になって終活準備ちゃんとしてから死んでよね。と冗談交じりに励ますことも
きれい好きでおしゃれだった父の髪を綺麗にとかし、ワゴンの上を綺麗に整頓するのがお母さんの日課でした。
帰る時は必ず
はい、元気チェック、と握手をして、父が3回ギュッギュッギュッと握り返すのがお決まりでした。
そして、亡くなる前の日も。
結局伝えた言葉は、すべて遺言になってしまったね・・・
自分の事より、人の為、
見返りは一切求めない。
そんな美学をもった人でした。
泣きながらお別れをしてくださる、本当にたくさんのたくさんの方を見て
父の生き様を感じることができました。
姫も「どうやって生きたかってわかるのは最後なんだね」と何かを感じたようでした。
おじいちゃんは死んでも尚、色んなことを教えてくれる人でした。
父の会社の引継ぎやらもあり、お母さんは悲しむ暇もなく、ストレスの塊になっています(笑)
そして、今日はお誕生日
MAKOTOさんに、誕生日なのにお母さんがご飯作るの?と言ったら
「卵かけごはんでいいよ」と言うので、遠慮なく昼は卵かけご飯のみでしたギャハハハハ
明日は、ホットバニーにアップルパイを食べに連れていってくれるそうなので、
お誕生日会は1日お預けです。
ということは?今日の晩御飯も卵かけごはんか??そだねー!!!
しばらくブログが書けなかったのも、そんなこんなでありました(^人^)
少しずつ落ち着いたら、復活しますので、待っててね!!
さぁ、新しくきたねこちゃんは、お母さんに何回分のエステ代を運んでくれるのでしょうかー!!!!
じいちゃんねこちゃん、頼むぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
そだね〜(by故じいちゃん)
お母さん、本日40代最後の年を迎えました〜
イエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!
で、そんな我が家に・・・・・・

新しいねこちゃんがやってきました(^∀^)
お母さんのお父さん(ややこしいわー!!)(゚▽゚)
父は設計事務所を営んでおるんですがね、
東京の大学を出て、しばらく東京で仕事をしたのち、岡崎で今の設計事務所を始めました・・・
独立して最初の仕事は、近所の飲食店のちょっとした増築工事だったそうで。
仕事を終え、「図面代はおいくらお支払いすればよろしい?」とお客様
「今回はお代はいいです」と父
「え??そんなわけにはいかないですよ」
「最初のお客さんが女性だと、商売繁盛するって言われてて・・・
縁起がいいんです。私そういうの信じてまして(^∀^)
だから本当に大丈夫です」
で、後日、「だったら」と持ってきてくださったのが、このねこちゃんだそうです。
依頼50年、途中棚から落ちて、首が取れてしまい、所員が勝手に捨ててしまった時も
父は「何を勝手に捨てとるだー!!」と激怒し(笑)
ゴミの中から救出し、ボンドで直し、ずっと事務所の片隅で見守ってくれていました。
独立してしばらくは自宅兼事務所でしたので、幼きお母さんの記憶にもそれは焼き付いています。
父が生涯現役でずっと忙しくできたのも、このねこちゃんのおかげかもしれません。
「何かが終わる時、始まる時のオレの節目の数字は5だから」とずっと言っていた父
奇しくも、先月2月5日にその生涯を終えました。
年明け早々に調子を崩し、そのまま入院、集中治療室で1か月を過ごす間
呼吸器をつけている間は、必死に私の手のひらに指で文字をなぞり、
呼吸器が外れると、息絶え絶えにお世話になった方々への感謝の気持ち、会社のこと、仕事の事、家族の事、葬儀の事、残される母の事を託す父
父の口に耳をくっつけて、振り絞るような声を必死に聞くんだけど、聞き取れないこともあってね
何度も聞き返さなくちゃいけないことに、申し訳ない気持ちでいっぱいで、本当に辛かった。
一番辛いのは父だってわかってるから、それもまた辛くって・・・
多分、あの時は父と娘でお互い同じ気持ちだったかもね
そんな空気を振り払うように、
はいはい、早く元気になって終活準備ちゃんとしてから死んでよね。と冗談交じりに励ますことも
きれい好きでおしゃれだった父の髪を綺麗にとかし、ワゴンの上を綺麗に整頓するのがお母さんの日課でした。
帰る時は必ず
はい、元気チェック、と握手をして、父が3回ギュッギュッギュッと握り返すのがお決まりでした。
そして、亡くなる前の日も。
結局伝えた言葉は、すべて遺言になってしまったね・・・
自分の事より、人の為、
見返りは一切求めない。
そんな美学をもった人でした。
泣きながらお別れをしてくださる、本当にたくさんのたくさんの方を見て
父の生き様を感じることができました。
姫も「どうやって生きたかってわかるのは最後なんだね」と何かを感じたようでした。
おじいちゃんは死んでも尚、色んなことを教えてくれる人でした。
父の会社の引継ぎやらもあり、お母さんは悲しむ暇もなく、ストレスの塊になっています(笑)
そして、今日はお誕生日
MAKOTOさんに、誕生日なのにお母さんがご飯作るの?と言ったら
「卵かけごはんでいいよ」と言うので、遠慮なく昼は卵かけご飯のみでしたギャハハハハ
明日は、ホットバニーにアップルパイを食べに連れていってくれるそうなので、
お誕生日会は1日お預けです。
ということは?今日の晩御飯も卵かけごはんか??そだねー!!!
しばらくブログが書けなかったのも、そんなこんなでありました(^人^)
少しずつ落ち着いたら、復活しますので、待っててね!!
さぁ、新しくきたねこちゃんは、お母さんに何回分のエステ代を運んでくれるのでしょうかー!!!!
じいちゃんねこちゃん、頼むぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
そだね〜(by故じいちゃん)
